2016年 01月 14日
1993年から2002年まで 出産&子育てのために 9年間暮らした場所は 標高千メートル カリフォルニア。電気も水道もない、つまり洗濯機も冷蔵庫も、電話もなし。郵便屋さんも来ない。 あの9年があって、今のわたしがあること。ちょっと振り返ってみようと思うの。 ふたりの子どもは 生まれた時 体重も血液型とか計ることも思いつきもしなかった。ただただ 無事に生まれたことの喜びと、一瞬も逃したくない、母子の対面蜜月に集中。時間はたっぷりあるのに、一瞬も逃したくない・・そんな祝福と集中力の中にいた ふたりの子どもを妊娠したのを知ったのは、薬局で買った妊娠判定薬。妊娠予定日も自分で計算した。医療は関わっていない。 無謀と言われても仕方がないが、出産は、赤ちゃんが世界と出会う日になるので、最大限シンプルに(最も大切に)したかった。 聖なる空間にするために、ギリギリまで自分と向かい合い 直感と行動を繰り返し、自分の足で、自分の耳と目とこころで、生きた情報をあつめて、最後は家族だけの出産を選んだ。 また、パートナーに協力をしてもらうために、ずいぶん心をくだいた。最初は無関心だったパートナーも、産婆役を依頼して、わたしなりに調べた産婆としての心得や必須情報を伝えてゆくと ある時点でワクワクし始めた。二人のフォーカスが合いはじめると流れが整っていった。 家族だけで出産を迎えた知人の経験談がとても印象深かった。一刻いっこくを家族みんなが生き生きと語ってくれた。そして真剣にアドバイスをくれた。家族だけの出産は決して安易にお勧めはできないが、人はいのちがけだと、ものすごい集中力を発揮するんだな。 アドバイスする側も真剣・朝まで話していたよ。彼らと。 人は どういうことで喜びや、いのちの尊さ、奇跡を感じるのだろうか? 思い起こしてみれば この途方もない、行動の始まりは 東京で、バイトに明け暮れて疲れていた28歳のある日、宇宙への質問を投げかけたことから始まっているような気がする。 (続く)
by nijinouta
| 2016-01-14 01:31
| 子育て
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アバウト
【虹のうた
☆吉本有里プロフィール】
生きてることの愛おしさを呼びさます魂の歌うたい・おはなし・リトリートオーガナイザー・ヘンプクラフト作家・ヘンプアクセサリーワークショップ講師
観音道場遊里庵(天職と田畑など暮らしの仕事を織りあわせ歌うように暮らし、祈り、わかちあい繋がる場所)運営
駒ケ根市在住。子ども、田畑、薪ストーブと手仕事のある暮らし。オリジナルCD11枚リリース。自然体な語りは深い共感を呼んでいる。波乱万丈な人生で紡がれた、透きとおった歌声は、母なる大地に抱かれるような心を柔らかくする魔法がかかっている。
年80回全国ライブ活動。バイオリン、ギター、太鼓など演奏するマルチミュージシャン。ライブ後の交流会(シェアリング)の時間を大切にし、自宅では年に3~4回、心と体、魂をひとつに回帰する3泊のリトリートをオーガナイズ。
2009年から自然出産やさまざまな体験を各地で講演も始める。
■大学在学中、満開の桜の下で舞い散る花びらに促され踊りうたを授かりライブ活動に押し出される。92年、東京で最初の子を身ごもり「風の音しか聞こえない静かな山で生まれたい」という声を聞く。
妊娠8ヶ月で北カリフォルニアの標高1000mのエルクバレーに移住。赤ちゃんの声を聞きながら出産。ふたり目は、満月の下の水中出産。野性と直観に導かれた人生が始まる。
デュオamachi(天地)で、赤ちゃんを背負って地元でストリートから歌い始め、遠方のギャザリングやニューエイジ教会、イベントなど子どもの成長に合わせ音楽活動を広げる。
2000年帰国。2003年長野の古民家を拠点に、畑、子育てをしながら国内外問わずライブ活動を展開。2006年火事により自宅が全焼、2003年からCD制作とライブをサポートしたパートナーが光に還る。
2007年、循環型暮らしのコミュニティー「遊里庵」を駒ケ根市に再建。限られたいのちを限りない愛で歌い生きることにコミットしている。
http://amanakuni.net/yuri http://ainohanam.exblog.jp/
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